DOMINIQUE DORIE

 

 

1958年ヴェルサイユに生まれる。画家アンドレ・ブリエを父に持つドミニク・ドリエの幼い感性はテレビン油、絵具、まっさらなキャンバスの臭いの中で育まれた。

 

独学で絵画を学んだ彼は15才の頃からパリのサロンディシーレムリノーに出展する。また同時にルーヴル美術館において2年間、塑像工の技術を学ぶ。さまざまな世紀、時代の作品に触れ若い眼差しはそこに美というものを見出す。

 

サロンドラマリン、サロンデザーティストフランセ(27才、銅メダル受賞)、サロンドトーンヌ於:グランドパレなど、パリとその周辺で行なわれる多くのサロンに出展したことでウォーリーフィンドレー(シカゴ、ニューヨーク)やギャラリーヴァンドーム(パリ リュード・ラ・ペ)といった著名な画廊が彼に門戸を開いた。パリ市賞を受賞し、具象画を核にしたその活躍が形を成す。1999年には威信のある芸術家事典(1911年創刊)ベネジットに記載される。

 

41才新たな展望が彼に開かれる。ケベック市や、日本そしてワシントンのフランス大使館からこうした国を旅する機会を与えられたことで、さまざまな感性や文化への知識を深めるようになる。この時期ドミニク・ドリエはノルマンディー(ディエップ)を離れ1990年、アルカッションへ移リ住むが、そこでまたこれまでとは違う活力を得る。日本、スペイン、モロッコ、イタリア、アメリカへの幾度もの旅が少しずつ彼のパレットに新しい傾向を与えていく。

 

日本文化との密接な関わりがその筆づかいや絵を描くときの思考に色濃く表れるようになる。この頃からドリエはより本質的な作品を描くようになる。彼は絵を描くという動きの中で、空間と早い筆さばきにあらゆる考察を取り去った、より直感的な絵画を求める。以前の「古典的な筆づかい」とは反対にそのコンテンポラリー絵画はキャンバスに空間を描くとき、手と身体を自由に解き放つよう思考に働きかけるのである。それはジャズの即興演奏のようである。

 

37回ドーヴィルグランプリ金メダル受賞、ベルギーアカデミー賞受賞、フランスアーティスト正規会員、ブリソン・ドリュケー賞受賞・・・・

ドミニク・ドリエはその優しく彩られた風景画と、塗りつけられたタールや濃厚な白を混ぜ合わせた粗いマチエールで描かれる新たな絵との間を散歩している。

 

 

Arrêt sur Erable.
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Echange de Culture.
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Nagoya au petit matin.
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